こんにちは、中学3年の超反抗期の娘と、小学6年生のプチ反抗期の息子を持つ、いつまでたっても親になりきれない父親の反省記録です。
今回は、反抗期の子供たちとの接しかたがわからなくなってきたので
幼少期に母親によく読み聞かせてもらった北風と太陽について考えてみました。
子供が小さい頃は、言う事をきかないと大きな声で怒っていました。
小さいうちは、これできくんですよね。言う事を。
ある程度大きくなってくると、「だってさ・・・」、「うるせー」と反抗してくるようになります。
父親は、相変わらず大きな声を出して言う事をきかそうと考えます。
ややもすれば、正座をさせて、大人の理論でねじ伏せようと考えます。
「そんな事してると大きくなってから大変なことになるよ」なんて抽象的な言葉でねじ伏せようとします。
でも、子供が大きくなるにつれてこの手法は通じなくなり、逆に子供も父親が使っている手法を使うようになります。大きな声で叫び必死に抵抗するのです。父親も必死に大きな声で抵抗するのですがもう効き目はありません。
そうなると父親は急に、子供との接し方がわからないと感じるようになるのです。
なりました。
ここでやっと気づくことができるのです。
父親がやりたかったのは、自分の思いどおりに子供を操りたかっただけなのです。そのために取った手法が、子供の気持ちを考えるのではなく、ただ子供を黙らせることだったのと。
まさに”北風”が旅人から、無理やりコートを吹き飛ばそうとしたのと同じことをやっていたのです。
ここで大事なのが、父親は決して子供のことが憎いわけでもなく、むしろ子供のことをすごく思っているのです。いい人生を送ってほしいと心から願っているのです。
ただ、手法が間違っていたのです。
自分の言うとおりにしておけば良い人生が送れる。と思っていたことが間違っていたのです。
”太陽”のような、暖かさをもって接っしていれば、子供も安心して生活することができ、自分の持っている能力を発揮し、いろんなことを前向きに考えられる楽しい人生が待っているということに気づかなかったのです。
焦らなくていい、焦らなくていい、反抗期は自立への階段なんだ、言うこときかすのではなく違うアプローチで子供の人生を見守る事にしよう。
今更ですが、せめて家では、安心できる環境をつくるのが親の役目かなと思います。
子供のためだと思っていたとしても、やきもきして、子供と喧嘩していたことに反省です。
”北風”と”太陽”のあらすじ
あるとき、”北風”と”太陽”が力比べをしようとする。そこで、旅人の上着を脱がせることができるか、という勝負をする。
- まず、北風が力いっぱい吹いて上着を吹き飛ばそうとする。しかし寒さを嫌った旅人が上着をしっかり押さえてしまい、北風は旅人の服を脱がせることができなかった。
- 次に、太陽が燦燦と照りつけた。すると旅人は暑さに耐え切れず、今度は自分から上着を脱いでしまった。
これで、勝負は太陽の勝ちとなった。
教訓
手っ取り早く乱暴に物事を片付けてしまおうとするよりも、ゆっくり着実に行う方が、最終的に大きな効果を得ることができる。また、冷たく厳しい態度で人を動かそうとしても、かえって人は頑なになるが、暖かく優しい言葉を掛けたり、態度を示すことによって初めて人は自分から行動してくれるという組織行動学的な視点もうかがえる。
出典元:引用 – Wikipedia
子供が「死にたい」「死ね」「規制されたくない」「つまらん」と繰り返すようになったり、大声で叫ぶことが増えてきたときは、「寒いからコートを脱がさないでという。」子供のSOSのサインです。
そんな時は”太陽”のように暖かく包み込んであげましょう。
怒鳴りつけるよりも簡単にコートを脱いでくれることでしょう。
幼少期に母親から北風と太陽を読みきかせてもらっていたことに感謝です。
今からでも遅くはない。”太陽”のような暖かい心で子供の成長を見守りたいと思い「北風と太陽」について考えてみました。